Chasseur Japon × Voice
Kenichiro Mogi
茂木 健一郎
脳科学者
Profile
Kenichiro Mogi
脳科学者。1962年10月20日、東京生まれ。ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。屋久島おおぞら高校校長。東京大学大学院特任教授(共創研究室、Collective Intelligence Research Laboratory )。東京大学大学院客員教授(広域科学専攻)。岐阜大学客員教授。Kyutech ARISE顧問。イマジン大学学長。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了、理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、現職。脳活動からの意識の起源の究明に取り組む。
インタビュー
interview
温かい料理と脳の関係
人は温かい料理を口にすると、不思議と安心感を覚えます。
この「温かさ」は、脳科学的に、どのような影響を与えているのでしょうか?
この「温かさ」は、脳科学的に、どのような影響を与えているのでしょうか?
人工知能をカリフォルニア・シリコンバレーで作っている方々は、自分たちのことをプロメテウスと言っています。
プロメテウスとはギリシャ神話で人類に火をもたらした神、“火”イコール“文明”と言うことです。
現代の人工知能の前、人類の歴史の最大の出来事は火を手にしたことだと言われているわけですが、火を使って料理をするということは人類の食生活を劇的に変えたわけです。
特に集団で協力し狩りをして、その狩りで得た成果“肉”を分かち合うことで、コミュニティを形成し、絆を作ってきた。
特に集団で協力し狩りをして、その狩りで得た成果“肉”を分かち合うことで、コミュニティを形成し、絆を作ってきた。
人類の歴史と共に、この温かい料理・火を入れた料理をみんなで食べると言う行為が、仲間の絆を作り、深める。
そしてそこから幸せの感覚、心と体の健康に繋がっていくと。
僕はヨーロッパによく行きますけど、火の入った料理と冷たい料理を分けて捉えています。
コールドミート、冷たい料理はちょっとカジュアルというか、あらかじめ用意したもので、火が入った料理の方がより本格的でちゃんと作られた料理という認識があります。
ホームレスや貧困で食事ができない人たちに振る舞われるのは、決まって温かい食事です。そこには、ただ空腹を満たすための食料ではなく、人の思いやりの中で作られた温かい食事、すなわち愛情が込められているんです。
「火」って手間をかけて調理するという意味において、家庭の幸せな記憶と結びついてる、そしてそれは、火を囲み、温かい料理を分かち合ってきた人類の営みと、どこかでつながっていて、だから、教会や手を差し伸べる団体の料理は温かいのだと思います。
香りと記憶の関係
煮込み料理の香りを嗅いだ瞬間、幼い頃の食卓の記憶がよみがえることがあります。
香りと記憶は、脳の中でどのように結びついているのでしょうか?
香りと記憶は、脳の中でどのように結びついているのでしょうか?
香りは、よくご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、大脳皮質の香りを処理する回路と記憶の回路は脳の部位的に極めて近い場所にあることが知られています。
香りの回路と記憶の回路はごく近くにあります。
記憶の中枢である海馬と香りの回路も近くにありますので、さらに海馬の近くにある扁桃体という感情の中枢があり、その感情の中枢と海馬も非常に密接に絡んでいて、感情の中枢である扁桃体、それから匂いを処理する大脳皮質そして海馬。この海馬は記憶の中枢、非常に深く結びついているので、香りと感情と記憶は非常に結びつきやすいのです。
この脳の構造から香りを嗅いた瞬間に、その幸せだった感情が蘇ってくるし、そこから記憶も蘇ってくる。
“予熱で仕上がる調理”と脳
シャスールは、短時間の加熱でも、火を止めた後の“予熱”によって調理が進自然に料理が仕上がる特徴があります。このような「手放す」料理体験が脳に与える影響を教えてください。
日本でも時間をかけて料理をすることは、すごく手間をかけて愛情をかけたことにつながっていく訳です。
今の時代、みんな忙しいので、時間をかけるってずっとその事に掛かりっきりになるっていう意味でもないと思います。
料理とは脳科学的に計画なのです。何時にサーブするから逆算してどれぐらい前に料理を始めるかとか、準備をいつ始めるかを考えるプロセス、計画と段取りですね。
食事全体の進行を計画し、一つ一つの料理の進行や段取りを考える時には前頭葉を使うわけです。
料理は前頭葉を非常に鍛えるというか、計画性がないとできない。
だから逆にその余熱で火や熱が回って完成するってことは、食べる何時間前に料理を始めようとか、シャスールを使おうっていうことを計画していく、そこの楽しさもあるんだろうと思います。
ヨーロッパで体験してきたシャスールの僕のイメージとしては、お鍋そのままでサーブしてくれることが多い気がします。ホテルの朝とかにお鍋そのまま置いてあるイメージ。
調理用具としての機能とそれを盛り付ける器としての機能を兼ねている。温かいまんま料理を出せるのがいいのかな。
鍋ごとサーブするってワイルドというか荒削りなイメージだけれど、シャスールの場合、エレガンスとかデザインが両立しているところが良いと思います。
日本人が好む禅の精神に通ずるような装飾を削ぎ落としたシンプルな作りで、高級なものと普段使いの間に位置している。
オードブルからデザートまで、シャスールで出されるイメージが強いですね。
シャスールって、自分はあんまり主張しない、どこに置いといても溶け込む印象があります。
それすごく大きな特徴かもしれない。他の器と喧嘩しない、調和と“なごみ”の中にある洗練された調理器具だと思います。
視覚がつくる食体験
料理の色や、器の美しさは、食欲や満足感にも影響すると言われます。
視覚情報は、食事体験において脳にどの程度作用するのでしょうか。
また、カラーの選び方も人それぞれですが、こうした色の違いは脳にどのような影響を与えるのでしょうか?
視覚情報は、食事体験において脳にどの程度作用するのでしょうか。
また、カラーの選び方も人それぞれですが、こうした色の違いは脳にどのような影響を与えるのでしょうか?
シャスールの色には果実味があると感じます。
人間の色覚が発達した理由は、ジャングルの中で果実が熟れた時に食べられるというサインを見逃さないように進化してきたと言われています。
食の味を味わう前に、美しい視覚経験があるとより食の味が増すというプライミング効果。
実際、食べる時の口に入れた後は食べた味ですが、その前に美しい盛り付けと器を見ることでより味わいが増すことが研究結果として出ていて、それをプライミングと言います。
シャスールの色にはそのプライミング効果があるということかと思います。
個人の感想ですが、スウェーデンの陶芸家ベルント・フリーベリの作品を想起させます。
引き算の美学という点で共通している。
目立つけど生命力を感じさせる奥行きのある色がポイントなのかなと思います。
深みというか、例えば夕日の赤とか空の青は色なんだけど、果物の色、熟れた時の果物の色みたいな独特のテクスチャーというか印象がある。
それが食べ物との繋がりそのもので、シャスールにはそれを感じさせるグラデーションとか艶とか光沢感があると思います。
艶や質感がシャスールのお鍋自体がちょっと美味しそうな連想を抱かせるものになっているんじゃないかなと思いますね。
すごく重要なのは、交感神経、副交感神経。
交感神経とは、あの例えば狩りをする時みたいに戦闘モードになる時。副交感神経は、リラックスして落ち着いてみんなと一緒にご飯を食べるみたいな時。
警戒色だと例えば典型的には怒った時に赤くなるとか、蜂の黄色と黒などは警戒色。
食事の時にふさわしいのは、あの副交感神経の作用を促すような落ち着かせる色、シャスールはそういう意味でリラックスできる色合いになってる。
ワークライフバランスって皆さん言うんですけど、それと同時に交感神経と副交感神経のバランスが大事で、ずっと戦闘モードだと疲れちゃうから、副交感神経が働く。
気の置けない仲間と楽しくご飯を食べるっていう時間にふさわしい色とか形があると思います。
それをシャスールは表してるんだろうと思います。
あと丸って重要だと思います。あの多くの果物って丸いじゃないですか。
丸みってことが、やはり人を安心させる形になってるんだろうなと思います。
食卓という“時間”の価値
現代では食事が単なる栄養補給になりがちですが、食卓を囲む時間そのものが、人の幸福感に与える影響について教えてください。
食卓を囲んで、みんな一緒に食べた方がミラーニューロンの働きも活発になります。ミラーニューロンは前頭葉にあり、相手が美味しいもの美味しく食べてるのを見ると、自分も幸せになるという脳の仕組みです。ミラーニューロンの増幅作用で食卓を囲んで食べることでより美味しさが増すし、絆も深まるということです。
手間をかけた料理と満足感
インスタント食品が普及する一方で、手間をかけて作った料理には特別な満足感があります。
この違いは、脳のどのような働きから生まれるのでしょうか?
この違いは、脳のどのような働きから生まれるのでしょうか?
最近の脳科学の大きなテーマとしては、脳腸相関というものがあります。今、脳と腸の腸内細菌の関係がすごく注目されていて、腸内細菌のバランスが整ってないと脳もちゃんと働いてくれないということが分かってきました。
以前は、なんとなく最近鬱っぽいだとか気分が上向かないっていう時に、それは脳の中のセロトニンが足りないと判断して、セロトニンを増やすようなことをしていたのですが、最近は加えて腸内細菌のバランスが悪くて、脳の働きが良くならないという可能性があることが知られているんです。
食生活を整えることで腸内細菌を整え、脳の働きを整えるというアプローチがすごく重要になってきています。
脳腸相関で腸内細菌を整えるのはもちろんよく言われてるような納豆とかヨーグルトなどの発酵食品や食物繊維も大事なんですが、最近わかってきてるのは色々なものを食べる、様々な食材をいただくっていうのが大事だってことが分かってきています。
シャスールで色々な肉から野菜まで様々なものを調理することで、食べるもの多様性を増やせるっていうのは大きなことだと思います。
腸は第二の脳とも言われていて、腸内フローラはまだ完全には解明されてないですが、とても重要な要素です。
さらに興味深いのは、一緒に食生活していると腸内細菌が次第に共有されていくってことが分かっていて、握手したりとか、色々な接触があると、それで腸内細菌が家族はだんだん似てくるという。
それはサプリメントを飲むとか、そういうことでは無く、人から人へと伝わっていくんですよね。
美味しく色々なものを食べるっていうことで培われる。ある意味では「食べる」という行為は、自分の栄養にもなって、腸内細菌の栄養にもなっています。
自分のためではなく、腸内細菌のために食べるという側面もあるのだと思います。
家庭料理と安心感
家庭料理には、人をほっとさせる力があります。
人間の脳にとって「家庭の味」はどのような意味を持つのでしょうか?
人間の脳にとって「家庭の味」はどのような意味を持つのでしょうか?
家庭でもその大きな鍋で家族が作ってくれた経験、楽しい思い出とか、そういう記憶が、脳科学的に言うと子供の“安全基地”になると言うことです。
“安全基地”とは人生の中で色々なことに挑戦する時の基礎・母体になってくるものです。特に鍋というか火を入れた料理は記憶と密接に繋がっている。
食卓は、単なる食事の場ではなく、人が安心して世界に出ていくための軸になる、非常に大切な場所と言えるのかもしれません。
食べることと“生きがい”
先生は「IKIGAI(生きがい)」についても研究されています。
今年91歳になる私の母は、日々の楽しみの多くを「食べること」に見いだしています。
食事を準備する時間をも楽しんでいるようです。日々の「食べること」は、人にとってどのような生きがいと結びつくのでしょうか?
今年91歳になる私の母は、日々の楽しみの多くを「食べること」に見いだしています。
食事を準備する時間をも楽しんでいるようです。日々の「食べること」は、人にとってどのような生きがいと結びつくのでしょうか?
日本は、その発酵食品とか、腸内細菌のバランスを取るような食べ物が多いですから、ある意味、それが日本人の健康長寿にも関係しているのではないかと言われていますよね。
“食”、それももちろん“生きがい”。
“生きがい”って、まさに“食べる生きがい”なんですよ。
大リーグの開幕戦で日本に来たアメリカ人の記者が、タマゴサンドを食べて感激したという話があります。
その出来事は、日本人にとって当たり前の“食の喜び”が、実はとても特別なものだということを教えてくれます。
やはり、食とか、そういう“小さな喜び”を大事にすることが、日本人の生きがいのすごく大事な部分であり、健康長寿の理由にもなっているのだと思います。
この“小さな喜び”を積み重ねることが、イコール、“生きがい”につながっていく。
“食”、それももちろん“生きがい”。
“生きがい”って、まさに“食べる生きがい”なんですよ。
大リーグの開幕戦で日本に来たアメリカ人の記者が、タマゴサンドを食べて感激したという話があります。
その出来事は、日本人にとって当たり前の“食の喜び”が、実はとても特別なものだということを教えてくれます。
やはり、食とか、そういう“小さな喜び”を大事にすることが、日本人の生きがいのすごく大事な部分であり、健康長寿の理由にもなっているのだと思います。
この“小さな喜び”を積み重ねることが、イコール、“生きがい”につながっていく。
それが、とても重要なことなのだと思います。
誰に褒められるわけでもないし、別に見せびらかすわけでもない。
誰に褒められるわけでもないし、別に見せびらかすわけでもない。
ただ、日々の中にある「食べる」という小さな幸福を積み重ねるだけ。
それが、IKIGAIに繋がるのです。
思い出の料理
最後に茂木先生の思い出の料理を教えてください。
鍋焼きうどんかな、母が作ってくれた鍋焼きうどん。
子供の頃、風邪ひいた時とか鍋焼きうどんが定番でした。
親は九州出身なんですが、鍋焼きうどん上手でしたね。
かまぼこ、卵、えのき茸、ネギとかが入ってて熱々で…
子供の頃、風邪ひいた時とか鍋焼きうどんが定番でした。
親は九州出身なんですが、鍋焼きうどん上手でしたね。
かまぼこ、卵、えのき茸、ネギとかが入ってて熱々で…
今でもその味を思い出すと、体が温まるだけでなく、どこか安心する感覚があります。
食べることって、その人の記憶や感情と結びついて、結果としてその人らしさになっていくんじゃないかな。
それはきっと、料理そのものの美味しさだけではなく、そこに流れていた時間や、人のぬくもりの記憶が、静かに重なっていくからなのかもしれない。
今、母の料理を思い出して、そう感じています。
食べることって、その人の記憶や感情と結びついて、結果としてその人らしさになっていくんじゃないかな。
それはきっと、料理そのものの美味しさだけではなく、そこに流れていた時間や、人のぬくもりの記憶が、静かに重なっていくからなのかもしれない。
今、母の料理を思い出して、そう感じています。